呑み過ぎ・・・・(10/1)2006年10月01日 23:59

 大阪の作業の一日目。
 初日なので重量物の運搬があり、心持緊張しながらのスタート。
 心配していた段差の昇降に関しては余り問題なく推移するが。
 水平方向の移動区間がとてつもなく長く、床養生等に思いのほか時間を取られ、苦戦。
 それでもまぁ、なんとか18時前には予定の作業をほぼ終了。

 20時頃から、今回現場の作業をお願いしている企業の方々と、懇親会を兼ねて一緒に夕食兼呑み会。
 焼酎をボトルで頼むと、予想していたミニボトルでは無くフルボトル。これをロックで。
 しかし、話が盛り上がっているうちに何時の間にかほぼ一人でこのボトルを開けてしまっていた。(汗
 23時頃に宿に戻って、明日の仕事に障らない様、酔い覚まし対策。
 ミネラルウォーターとスポーツドリンクをがぶ飲みした後、熱いシャワーを浴び、さらに水を腹いっぱい飲んでから就寝。

 明日、大丈夫だろうか?

引き続き大阪滞在、鉄分無し(10/2)2006年10月02日 23:43

 起床は通常、とは言っても家に居る時よりは大分遅くて楽なのだが。
 昨晩のアルコールの方は余り影響は残らず。まぁ良く考えたら、焼酎はたいがいが25度程度なので、50度近いウイスキーのボトルを空けたのとは訳が違うのだから、それなりに後対策をとって睡眠も十分取れればこんなものなのかも知れない。(調子にのっては不味いとは思うが)

 ホテルのタダ飯で朝食、その後風呂を浴び準備をして9時前に現場へ。
 作業はびっくりする程順調。手際良く作業が進んでしまうため、指示の方がおっ付かないくらい。
 キリが良いところまでと作業を調整して、多少終了時間を伸ばした結果、2日目で3日目分の作業がほぼ終了という形になってしまった。(人口の計算上こういうのは困る側面が無い訳では無いのだが)
 明日午後には機器に火を入れられそうである。
 作業終了後、職場に電話連絡し、ハード側の進行が早いのでソフトウェア関連の担当者の来阪の日程を1日前倒してもらうよう調整する。
 動作確認期間を長くとれるのはそれだけ安心につながることだし、ソフト側の担当は当初3連休返上の工程となる予定だったので、このまま上手く行けば一日くらいは休みをあげられそうだ。

 宿に19時半頃戻り、作業服を脱いでベットにひっくり返ったらそのまま寝てしまい、22時ごろ目が覚める。
 宿の近くの食券方式の定食屋で遅い夕食。
 宿の脇を走る東海道本線の列車の音は聞こえてくるが、今日も余り鉄分の無い一日だった。

引き続き大阪滞在、今日も鉄分無し(10/3)2006年10月03日 21:42

 ハード関連の作業がほぼ終了しつつあり、品証の現場責任者と二人で各部の確認を平行して開始。
 筐体加工等をお願いしたチームの方の確認はなんとか終了し15時頃に次の名古屋での作業も宜しくと挨拶をして退出いただく。
 一方、電気系の加工をお願いしていた方のチームの作業確認は、考えていたよりも結構時間がかかり、挙句に最後の最後で不足配線が見つかる。
 あいにく今日は客先の都合で18時までしか作業ができないため、それが無ければ予定より早く帰してあげられたはずなのだが、2本の不足配線の敷線というほんの少しの作業だけを明日に持ち越し。
 全体として順調なのだが、その上にもう一段の順調を重ねられなかったので、なんとなく消化不良な気分での作業終了。

 18時半前には宿に戻るが、疲れが溜まっているのか、そのまま横になると21時頃まで仮眠してしまう。出かける気になれば出かけられた時間だったし近畿圏の鉄道はほとんど未乗なので良いチャンスではあったのだが。

 というわけで今日も鉄分はほとんど無し。

日本橋リベンジならず(10/4)2006年10月04日 22:25

 午前中にハードウェアの作業は、最終日に実施のものを残してほぼ終了。
 機器の電源を生かし、基本的な動作確認。
 明日からのソフト側の調整作業のため機器周囲の養生と、搬入作業などで汚れた床の清掃等をして、17時には切り上げる。

 宿に戻った後、整線のためのインシュロック(タイラップ)の在庫が残り僅かになってしまったため、念のため補充を買出しに西中島南方から御堂筋線に乗り来阪二度目の日本橋へ。
 前回、千日前線日本橋駅で下車したために電気街の北側に出て迷ってしまったので、今回は堺筋線恵比須町駅で下車し堺筋を北上。
 歩き始めて一ブロック程で配線材を専門に扱っている店を見つけ目的のものを購入。

 というわけで、未だある程度は店が開いている状態の日本橋でのフリータイムとなった。とりあえず日本橋3丁目まで堺筋を北上し、そこから西に一ブロック入った通称「ヲタロード」なる怪しい道を今度は南下。途中メイドリラクゼーションのチラシ(割引券)をメイドさんから受け取る。

 店が開いている状態と言っても19時を廻れば何処も店仕舞いなのは秋葉原と変わらない様で、南側の日本橋5丁目迄南下し、再度堺筋を北上する頃には閉まった店のシャッターの前にダンボールハウスが建ちはじめる。
 20時閉店のボークスを閉店15分前に冷やかした辺りで、右膝の古傷が痛みだす。意味も無く重いカメラ機材一式(D200+レンズ4本+外付けストロボ)を持って来たのがここに来てじわじわと効いて来た様だ。こうなると下り階段が辛い。

 どうせなら夕飯をメイド喫茶辺りでというのも一興かと思っていたのだが、「初ご主人様」になるのは止めにして日本橋の駅へ。やっぱり下り階段が辛い。
 結局西中島南方まで逃げ帰り、宿への途中にある、いつもの食券式の定食屋で夕飯。その後本屋でパソコン雑誌を1冊購入して宿へ帰還。

 ここ数日カメラは持ち歩いているがシャッターを切っていない。
 明日、明るいうちに仕事が終われば、伊丹へのアプローチの真下でもあることだし、何処か開けた所でエアバンドでもワッチしながら、足を出した旅客機のハンティングでもしてみようか。

闇夜の旅客機ハンティング(10/5)2006年10月05日 23:53

 ソフト担当者が今日から現地入り、午前中は在来機器とのI/Fの調整に若干手間取った様だが、午後には機器は順調に稼動を開始する。
 機器の電源の方も工事が終了し、エンジン発電機+UPSで対応していた作業用の仮電源を、本設電源に切換え。
 これでハード関連の作業は最終日の作業を残すのみとなる。
 午後はハード作業関連が正常に行われたかを中心にソフトと組み合わせての総合確認。とりあえず問題は無く、現地での俺の担当範囲の作業は無事終了。
 だが、ソフト関連の責任者の来阪が半日遅れることになったため、予定では明日朝大阪を発つ予定が、明日午前中も引き続き現場を見ることになる。
 それはともかく、大阪6連泊の最終夜、さて何をしようか。
 新大阪駅周辺は伊丹への着陸進入航空路の真下のため、相手がジェット旅客機ならば35mm換算で300mmもあれば、かなり迫力ある画像を得ることができる。直上通過時には100mmでもお釣りか来るくらいだ。
 暗くなってしまったが、衣類を宅急便で自宅に送り出した後、酔狂で供用時間切れ寸前の伊丹の着陸ラッシュを、進入機に正対する新大阪駅中央口3階の車寄せの辺りから撮影。
 さすがに露出は上らずISO3200相当~800くらいまで、1/15~1/60といった辺りのシャッタースピードで無駄玉を打ちまくる。

 着陸ラッシュが終わる20時半過ぎに撮影を打ち切り、新大阪駅構内のカメラ屋で中古レンズを物色。NikonのAi35mmF1.4、Ai50mmF1.2、Ai85mmF1.4と今一番欲しいMFの単玉を並べられ、くらくらっと来るがここのところ何かと浪費気味なのでとりあえず思いとどまる。

 その後宿最寄の東海道本線のガード下へ。
 ガード下の高さが低く、列車が通過する時の迫力はかなりのもののこのガード、宮原総合運転所・北方貨物線への分岐があるため、3層に近い構造になっており、絵的に面白かったので、だんだんと広角系にレンズを換えながら小一時間撮影。

 その後、おなじみの食券制の定食屋で夕飯をとり、宿に戻る。
 手振れブレブレの画像から、止まったものを探し出す作業に力尽き就寝。

2200我帰宅せず-常磐線強風抑止にハマる-(10/6)2006年10月06日 00:00

 引継ぎのため、午前中現場を見ることになったのだが、結局ソフトの責任者は昨晩の最終ののぞみには間に合っていたようで、朝の集合に顔を出した。11時頃に引継ぎを済ませ現場を離れ、勝田に向かう。
 そもそも予定では朝、直接勝田へ向かうはずだったのだが、このタイムロスが後々響くことになった。

 途中、一晩考えた末、絶版レンズも含むし、中古で3本が揃っているのを見つけることも結構難しそうなことから、昨日見つけたMFレンズ3本に冬ボを投入することを決意して、カードで購入。
 単玉は左手がフリーなのでMFで良いというのがおいらのポリシー。
(最近は裸眼視力が低下しつつあるので何時までこう言っていられるか判らないが、逆に言えば今しか使え無いかも知れないレンズでもあるわけだ)
 35mmF1.4、50mmF1.2、85mmF1.4、どれも評価の高いレンズだが、デジタルを意識して設計されている訳が無い時代のレンズなので、逆光気味の状況では注意が必要だろう。

 新大阪始発ののぞみで東京へ、二人がけ窓側で隣の席に誰も来ず快適な乗車、京都を過ぎた辺りから眠ってしまい、目が覚めたのは熱海を過ぎた辺り。良く眠れた。
 15時上野発のスーパーひたちに乗るべく上野に向かう。
 上野の山手線の田端側のホームの端の跨線橋を上ってみると、常磐線の
電光表示板には1430過ぎだというのに未だ1400発のスーパーひたち31号の表示が出ている。遅れていることは間違い無い。
 慌てて切符売り場に走ると、1400発スーパーひたち31号は満席の表示。次の1430のフレッシュひたちも発車時間は過ぎているのだが、指定席をとる事ができ、発車は1時間ほど遅れるというので慌てて食事をとる。
 時間が読めない時は腹を作っておくのは基本中の基本。少しボリュームのある食事をとり、ペットボトルを1本準備して乗車。
 フレッシュひたち33号はちょうど1時間遅れの1530に上野を発車。
 土浦までは快調に飛ばずが、聞いている無線では絶望的な状況が次々に入って来るので腹をくくる。
 案の定、神立駅1番線で抑止、1時間ほどして隣の中線に上野駅のホームで並んでいたフレッシュひたち37号が入線、しばらくして、高浜、石岡と尺取虫のようにゆっくり進む。停車中に下車して缶コーヒーを補充。ついでに下りのE653の並びという変なシチュエーションを悪趣味にも撮影。

 羽鳥でもう動けなくなる。大甕-東海間の久慈川橋梁の風速計が規定値を上回っているため、常磐線土浦以北は旅客線全線在線状態。いわゆる雪隠詰め。
 フレッシュひたち33号の車掌は対応が良く、指令に羽鳥臨停客扱いをOKさせドアを開けた。これで自販機で飲物が買え助かる乗客も多いだろう。
 また自由席の立客を指定席の空席に誘導するなど、車内に姿は見せないが機敏な対応が目立つ。GJ!である。

 というわけで、上野定刻から8時間30分経過後の抑止中の車内からのブログ作成。常磐線にこんなに長く乗ったのは記憶に無い(苦笑)。

0200我帰宅す -常磐線のいちばん長い日-(10/7)2006年10月07日 23:59

 羽鳥抑止中のフレッシュひたち33号の車内からこのブログの更新をした後、暇つぶしに某所のチャットに参加。
 その後友部まで2駅列車は進む。
 羽鳥-岩間-友部はPHSの通信状況が悪い区間のため一度チャットから落ちてしまうが、友部駅に近づくと再び通信可能となりチャットに再参加。
 チャットをしている間に0時を廻り、日付は10/7になった。

 全線在線のため運転不能と言う割には、友部には1・2番線の間の中線に貨物列車が居るだけで、1・3・4・5番ホームは空いていた。
 チャットで時間を潰していると0050頃、内原まで一駅動くというアナウンスがあり、また勝田へ一駅近づく。
 ここでPCのバッテリーが切れ、チャットから落ちることになった。
 車端の席なので、通路を挟んだ反対側の席の椅子の台座にある掃除機用のコンセントにACアダプタをつなげればまた再開できるのだが、なんとなくそういう気にもなれず、とりあえずパソコンをカバンにしまう。

 この次の停車が赤塚ならば、そこで降りれば水戸で降りるよりもタクシー代が安く済むため、赤塚でまた止まるようであればそこで降ろしてくれと車掌さんに申告。
 職場はさすがにもう人は居ないだろうし、サムシングの最後のステージも終わってしまった時間だし、勝田まで行く理由はもう無くなっていた。

 しばらくして、赤塚ではなくもう一つ先の水戸まで動くとのこと、水戸まで動くのであれば無理に赤塚で降りる理由は無いので、もう一人下車申告していた方と二人でそれでは水戸まで行きますと再申告。

 水戸駅4番線にはスーパーひたち31号が在線しており、勝田以北の運行の見通しが立たないため、勝田行きのフレッシュひたち33号が勝田までは先行するとのこと。勝田より先に行く利用者は水戸駅でスーパーひたち31号に乗り換えるよう促すアナウンスが入る。

 フレッシュひたち33号は約10時間遅れで0130頃水戸駅3番線に到着。
 車掌さんに「お疲れ様でした」と声をかけ、最後部のドアから降りる。

 ホームの反対側の4番線にはスーパーひたち31号。
 車内にはJRからの差し入れが行われている様子で、大きな紙包みを持ったJR社員と思われる方々が、右往左往していた。
 昼過ぎに上野を出ている列車なのだから、夕飯を食うことは想定せずに乗客は乗っていたわけなので、まぁ当然の配慮だろう。

 昨日の昼に新大阪で買ってきたレンズを早速D200に付けて、レンズの緒元の手動設定をし、10時間以上乗車したフレッシュひたち33号を記念撮影(苦笑)。

 水戸駅改札で特急券の払い戻しのハンコを押してもらい、改札を出る。
 水戸駅北口からタクシーに乗り、午前2時過ぎに帰宅。
 その後食事のため車で家を出ようとすると、門を開けなくても電動シャッターを開ければ乗り出せる車庫に止めてある3号機(乗用車)のルームランプが淡く点いていた。この出張の1週間に渡ってずっと点いていたのだろう。
 試しにキーを回してみるとセルモーターは全く回らない。バッテリーはほとんど放電してしまった様だ。
 仕方が無いので、3号機のボンネットを開けバッテリーの充電器を接続し、門を開けねば乗り出せない初号機で出かけることにする。
 しかし、午前2時を回っているため、何時も行く店は何処も店仕舞いしており、仕方なく近くのコンビニまで戻り、弁当を買って帰宅。
 さみしい食事をし、眠りについたのは午前3時を回っていた。

 これから先こんなに長く常磐線で同じ列車に乗り続ける事は無いのではないかと思う。
 しかし、まぁ、それなりに準備をして腹を作って腹を括って乗った列車だったので、当初から気分的に余裕があり、無線で情報を得続けていたこともあって、正直楽しかった(笑)。まぁ、5時間遅れは覚悟していたのだが、それが倍の10時間になるとは正直思っていなかったけれど(苦笑)。


 翌朝10時頃に目が覚める。風呂を浴びて、お昼から出社。
 一週間の不在の間のメールや、通知の類の処理、旅費の清算システムが一丁前に休日に止まることが多いので延び延びになっていたここ数週間の旅費の清算等をする。
 どうやらここのところの出張続きで会社に20万以上貸していることが判明。
 切符も宿もカードで決済しているため、現金が減らないので実感が湧かないが、どうやら決済用の口座の残額はピンチに陥っているような気がする。
 とりあえず旅費清算データを上長に投げ、後は来週の入金を待つことになる。

 大阪の現地と電話連絡をし、完成後の取り扱い説明に使う資料の準備、内容確認のため現地のソフト担当の責任者に見本を宅急便で送ろうとするが、作成にてこづり19時近くになってやっと完成。
 宅急便の配送を呼んでいたのでは今夜の便に間に合わないため、慌てて集荷センターに車を走らせ、なんとか滑り込みセーフ。

 その後、昼のうちにバイク屋からバイクが組みあがり、登録も終わったとの電話連絡があったので、バイク屋へ向かう。
 綺麗に組みあがった新しい相棒のXLR250BAJA(’91)の横には、そっちこっちのパーツをはぎ取られて痛々しい姿の今までの愛車XLR250BAJA(’91)。
 フロントフォーク(サスペンション)の色が変わっているので店長に聞いてみると、売ろうとしたBAJAのフロントフォークが少し曲がっていたため、在庫の有った現行のXR250のフロントフォークを付けたとのこと。
 乗ったり、押したりした時には違和感は無かったのだが、微妙に部品の組み付き方に違和感があったので念のため外して、回して調べてみたら曲がっていたので取り替えたとのこと。どうやら両側が同じように後輪側へ曲がっていて左右のバランスはとれていたためバラしてみないと判らなかったらしい。おいらの今までの愛車から組み替える手もあったのだが、それには錆が出ていたのでどうせなら、とXRのものを付けてくれたようだ。
 結果として値増し無しでフロントの足回りに関しては10年くらい新しくなったことになる。これはこれでラッキー。
 2コイチのバイクになる予定が期せずして3コイチのバイクになってしまった(笑)。

 とりあえず残りを支払って納車ということにして、XLR250BAJA(’91)はバイク屋に預けたまま帰宅。

遂にバイク更新(10/8)2006年10月08日 23:59

 昼近くまで寝てしまい、昼過ぎに出勤。
 10日の機器の取扱説明に使う資料を必要部数コピーし製本して現地滞在中のメンバーのホテル宛に発送。

 その後銀行から金をおろし、バイク屋へ行き残金を払ってバイクを受け取る。
 久々につけるヘルメットとゴーグルとグローブに、久々に袖を通すエンデューロジャケット。ぎこちなくバイクに跨る。
 ここのところ右膝の調子が思うようで無いので心配したのだが、久々のキックでも一発で始動。バイク屋の前で暖気しながら心の準備。
 ファーストコンタクトでエンストだけは嫌だなと思いながらシフトペダルを落としアクセルを心持開けてゆっくりとクラッチミート。
 何の違和感も無く、新しい相棒、XLR250BAJA(’91)は走り出した。
 そっちこっち歪んでいて、真っ直ぐ走らなかった前のバイクに比べてなんと安定していることか。
 エンジンも吹けは良く、暖まって来たところで信号の変わり鼻で全力加速をしてみるが、トルク感もあり、なかなか良い感じだ。というか、むしろ体の方が加速に置いていかれ気味で、自分の体力の低下とブランクを感じた。
 エンジンのツキも良く、前後の荷重移動とアクセルコントロールだけでフロントリフトできるし、まぁたまに乗るには十分な状態と言って良いだろう。

 乗らないとどんどん下手になるので、できるだけ頻繁に乗ることにしよう。

なにもしない日(10/9)2006年10月09日 21:56

 なんとなく夜更かしをしたために、せっかくの休日も目覚めは正午頃。
 天気は良いが、疲れが溜まっているせいか出かける気になれず、寝床でゴロゴロうとうと。

 暗くなってから明日の大阪日帰りの切符を購入に勝田駅へ。
 自動券売機で明日早朝のフレッシュひたちと、朝の新大阪までののぞみ、明日夜の東京までののぞみと、深夜の勝田までのフレッシュひたちの指定席を押さえ、大阪までの往復の乗車券を入手。

 初号機(乗用車)の燃料が減ってきたので、給油をして満タンにする。
その後食事をして帰宅。

 結局鉄分はほとんど無く、シャッターも押さないまま休日が終わった。

大阪へ日帰り出張 -またも常磐線人身抑止にハマる-(10/10)2006年10月10日 23:59

早朝の上りE531系モノクラス10連(K402編成)
 早朝に起き、家人に駅まで送ってもらい、特急の始発のフレッシュひたち4号に乗車。
 新大阪に11時のスケジュールなので、もう1本後のフレッシュひたち6号でもギリギリ行けそうではあったが、安全牌をとって始発特急を選択。
 駅で特急乗車までに多少時間があったので、この時間帯の上り列車に集中して投入されているE531系のモノクラス10連を撮影。
 朝食にNEWDAYSでおなじみの「やきそばハムカツパン(110円)」他をSuicaで購入し入線してきた特急車内へ。

 東京駅からは接続に余裕を見て、フレッシュひたち6号でもギリギリ間に合う0803発のぞみ107号を押さえていたが、東京駅までスムースに到達したため、臨時の0743発のぞみ205号に乗変し新大阪には1019着、現場には10時半頃に顔を出す。

 今日の作業は、撤収のための機材搬出と最後の仕上げの工事の監督。
 ソフト責任者はその間、客先への引渡しのための取扱説明を丸一日。
 昼飯返上の仕事で17時過ぎには機材を全て送り出し、18時には解散。これで大阪の仕事は一段落。

 土産等もあるのでゆっくり帰るという同僚達とは別れ、事前に押さえてあった1959発のぞみ156号の席を1816発ののぞみ148号に、上野2300発のフレッシュひたち75号の席を上野2130発のフレッシュひたち67号に乗変して、急ぎ大阪を離れる。上野2130発のフレッシュひたち67号ならば、平日なら水戸駅2300発の茨城交通の茨大方面への最終バスに間に合うためだ。

 新幹線は三人がけ窓側のA席だったが、名古屋を出ても他に誰も来ず、東京まで快適な乗車。
 常磐線も正常運転で、上野の特急ホームには2115発の土浦行きフレッシュひたち65号と、2130発のフレッシュひたち67号が並んでいた。
 新幹線内では、上水戸でバスを降りた後に暖かいものを食べようと思っていたにも関わらず、何故かホームのNEWDAYSまたまた「やきそばハムカツパン(110円)」他をSuicaで購入。発車前の車内でさみしい夕食とする。

 鹿島鉄道の最終の石岡発2229の玉里行215列車はKR-502(赤)の単行。
 列車は順調に走行していたし、イヤホンを忘れたので無線を聞かずにいたところ、22時半過ぎに羽鳥に臨時停車するとともに、水戸-赤塚の上り線で人身事故のため、運転見合せとの車内放送が入る。
 PHSで運行情報を確認すると2208頃に人身事故が発生し土浦-水戸間で運転見合せとの情報。慌ててボリュームを絞って受信機の電源を入れる。車内からは「またかよ」のため息も、どうやら「またかよ」なのは、俺だけでは無いらしい。ここのところ常磐線は御難続きだ。ただまぁ人身事故なので、10/6の風ほど先が読めないということは無いだろう。
 車掌の放送は「被害者救出のため」から「警察の現場検証のため」に変わり、運転再開が近いことを暗ににおわせる。当然無線も同様。結局23時過ぎに運転再開。
 この時点で水戸駅発2300の茨城交通バスには間に合わない事は確定した訳で、急いで大阪発1816ののぞみに飛び乗った事も無意味になってしまった。
 上野で始め取るつもりのなかった夕食をとっていたのは虫の知らせだったのだろうか。
 ちなみに上野2230発のフレッシュひたち73号に乗車した同僚に翌日聞いたところ、ほとんど影響を受けなかったとのことだった。
 なんとも間の悪いことか。

 友部で小山からのE531系5連の781Mより先行する。
 幸い、この時間帯のフレッシュひたちは赤塚停車なので赤塚で下車し、赤塚からタクシーで帰宅。
 水戸駅からのバスの所要時間と飯の時間を考慮すれば、ほぼ予定通りの時間で日付の変わる前に帰宅。

 帰宅後、撮影画像の整理等をし就寝。