帰宅時に水戸駅南側電留線の現状と、奥久慈レトロ号用旧型客車見物(11/1)2006年11月01日 22:57

勝田駅1番線に停車中の阿字ヶ浦行き143列車(キハ222)
 ここのところ朝の起動状況が最低。もうメロメロのボロボロ。薬が効きすぎているのだろうか?
 そういうわけで、今朝もバタバタで当然朝のスポッティングは無し。

 多少疲れが溜まってきている感じなので、仕事を切り上げ最終バスに間に合う勝田1826発の2772M(K918)に乗車。
 茨城交通の勝田発1830の143列車はキハ222(旧国鉄色)の単行。
 水戸で接続する常磐線上り上野行きの1454MはE531系10連の(K403)。
 3番ホームからのいわき行き651Mは(K551+K537)。
 茨城交通の最終バスまでは多少時間があるので、奥久慈レトロ号の旧型客車が留置されている水戸駅南側の留置線へ南口側から近づいてみることにする。
 従来、K26の定置場所や、夜間の滞留場所となっていた水戸駅南口の電留線(南側4線分)は、既にレールや架線・架線柱の撤去が終了して更地になっていたが、フェンスに囲まれているため、間にその分の空間越しでの観察となる。
 狭窓の(スハフ32 2356)が郡山方先頭車(5号車)、2両目(4号車)は(オハ47 2266)、3両目(3号車)は(スハフ42 2173)、4両目(2号車)は(オハ47 2261)、上野方最後尾の5両目(1号車)は(スハフ42 2234)。肉眼で読むのは無理だが、デジカメ画像で辛うじて車番を判別。
 オハ47 2261や2266など、水ミト在籍の経歴のある車両が複数居るのは嬉しい限り。旧型客車現役末期には水郡線の客車列車にはオハ・オハフが重点投入されていたため、これらの車両ににとっては今回は古巣での走行となる(もっとも当時は青かったわけだが)。
 赤帯車が消えたこともありなかなかの編成美だし、特に下りは機関車の次位に狭窓車ということもあり、撮りがいがありそうだ。もっとも未だ沿線に撮りに出れるかどうかさえ怪しいし、どうなることやら。
 もっとも今回はカマ屋さんは、磐越西線のDD53という目玉とかぶっているので、意外と平和に撮れそうな気もする。
 その後いつものバスに乗り帰宅。

那珂湊の大吉で鉄分補給の呑み会(11/2)2006年11月02日 23:28

水戸に留置中の旧型客車・留置位置が変わっていました。
 今日も今日とて朝がメロメロ。昨晩、隣に住んでいる父親に拉致され、両親に買ってあげたPCで、今年、父が氏子総代をしているここいら一帯の鎮守の神社の献穀祭(豊作を感謝する祭)のチラシ(回覧板用)の製作。
 こういうものを作る作業の習得もしてくれることを含めてOfficeがちゃんと入ったPCを買ってあげたつもりだったのだが、そうは問屋が卸してくれない。結局オペレータをするのは俺なので、自分のPCでやるか、親のPCでやるかの差だけでしかない(苦笑)。
 そういうわけで少しでも早く寝ようという目論見は見事に打ち砕かれた。
 まぁ、それでも少し早めに薬を呑んだのだが、今度は午前5時ごろに一度目が覚めてしまい、二度寝をしたら目覚ましの鳴る時刻には完全にメロメロ。夢と現を彷徨うというのはこういう状態を言うのだろうか。
 というわけで朝のスポッティングどころでは無し。

 昨日、社内の他部署の『鉄』・・・いや『弩鉄』のO君から、また別の部署のMさんも巻き込んで『鉄分補給呑み会』をやらないかとの連絡があった。
 とりあえず、休みの前の今日の夕方に呑む事にしたのだが、多少内装に鉄分がある(嘘かホントか知らないが枕木が内装に使われていることになっている)焼き鳥のチェーン店『大吉』はどうかということで、茨城交通の勝田1830発の旧型車で那珂湊まで行き、那珂湊駅前の『大吉ひたちなか店( http://www.suntory.co.jp/gourmet/shop/0292622403/index.html )』での呑み会、最終の茨城交通湊線の勝田行き旧型車で勝田まで戻って解散という行程をコーディネイトする。
 湊線143列車の車内で合流。143列車はキハ2004(準急色)の単行。
 DMH17のエンジン音をネタに盛り上がってしまうのは性というものか(苦笑)。
 実はこの店は、那珂湊在住時は毎週のように夕飯がてら通っていた店。
 マスターも元気そうだった。が、俺が以前の常連客だった事は思い出してくれた様子は無かった、まぁそれはそれで仕方が無い。もう5年近く前の話だ。

 まぁ社内の鉄を3人選りすぐって集めた呑み会なのだから話題の濃ゆいこと濃ゆいこと(苦笑)、初めは客は我々だけだったのだが、だんだんと若い客が集まり満員に、ある意味周囲には異様な集団に見えていたのではなかろうか(苦笑)。
 酒は進み、焼酎の飲みきりボトルが3本転がる始末。焼き鳥のほうもジャンジャン頼んでは食う。
 那珂湊の勝田行き最終の発車を何故か2136と勘違いしてしまい、2130過ぎに慌てて会計を済ませ、那珂湊駅へ。
 会計は1万2000円ちょっと、一人頭4000円オールで〆。はっきり言って大吉で一人4000円超というのは経験的にはちょっと異常(笑)、盛り上がりすぎて見境無く食って呑んだ感じ(苦笑)。

 那珂湊駅に着くと最終は2153とのこと。15分ほど待ち時間が出来てしまうが、鉄道用品売り場をひやかしたり、駅舎の意匠に見入ったりしているうちに、最終列車のキハ2004(準急色)が入って来た。
 那珂湊到着時点では乗客は僅かに2人だったが、那珂湊で各ボックス1~2人とはいえほぼ全ボックスとロングシートに乗客が居る状態になる。

 帰りも途中までは窓をあけて夜風とDMH17の咆哮を楽しみながら勝田へ向かう。
 勝田到着後、いったん改札を出て解散。

 勝田発2210の下館行き786Mは(K519)。水戸で追い抜いて行った回送の1446M(415系11連)は(K802+K561)の鋼製車白一通編成。
 常磐線は下り列車を中心にダイヤが多少乱れている様子だった。

 奥久慈レトロ号の留置位置が変わっていたので撮影に7番線へ、降りると三脚とカメラを抱え小学生の妹を連れた中学生らしい少年が居た。
 邪魔にならないようにしながら撮影をしようとするが、どうも奥久慈レトロ号が目的では無いような動き、レンズの軸線の先を見てみると、貨物の仕分け線にトラが1両。なんというか、若い身空で旧型客車には目もくれず、トラ狙いとは実に渋い趣味だ(笑)。
 二言三言言葉を交わす。俺の中学生時代には夜中にバルブするなんて思いもよらなかった事だが、行く先楽しみな(心配な?)少年だった。
 その後跨線橋で父親らしき人物と3人一緒に居るところを見かけたが、父親も三脚を担ぎカメラバックらしき鞄を肩にかけていた。親子鉄というのもまた凄いなぁと遠くから眺めて感心することしきり。

 鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の水戸発2304の新鉾田行き最終2195Dは水戸方から6002+6011。

 水戸駅前7番乗り場発2245の茨交渡里ゴルフセンター行きで上水戸入口まで行き、そこからタクシーで帰宅。帰宅後水を1リッターほど飲み、体内のアルコールを希釈。

 さて、明日と明後日は奥久慈レトロ号の運転日だが、果たして撮りにいけるのだろうか?

奥久慈レトロ号を撮影に、その後湊線チェック(11/3)2006年11月03日 23:59

上小川を出て久慈川の鉄橋を渡る「奥久慈レトロ号」(11/3)
 朝の起床は平日と同じ時間の目覚ましだが、いつもの如くメロメロで、起動したのは9時ごろ。とは言っても奥久慈レトロ号の水戸発は1050なので大分余裕はある。

 昨年と同じ西金~上小川の俯瞰ポイントが後追いでもそこそこの絵になりそうなので、下りも上りもそこで撮ることにして、おそらくはおいらが草刈をした昨年以来、少なくとも俺は下草打ちをしていないので、篠が延びて写界にかかる事は目に見えていたので、除草道具を車に放り込んで出発。

 到着後先ずは斜面の篠原の除草作業。相手が篠なので地上部分を刈ってもそうそう簡単に地下茎は死なないし、邪魔な高さより下は刈らないので、除草したからと言って斜面の保土力が低下するわけでも無いし、でとりあえず腰から下くらいの高さで、水郡線の橋梁を狙えるように刈り込む。土手の先はそのまま久慈川の水面までストトーンと急崖なので、余り踏み込めず、どうしても除草機が届かなくて邪魔な篠の先は、高枝切り鋏で1本1本剪定。

 結局下りはやはり正面から狙いたい釜屋の習性なのか、後追いで風景写真気味なこのポイントには結局一人も居なかった。
 午前の撮影終了後、道具を片付け下りが来るまでの間に、山方宿の床屋に今度は自分の頭を刈りに行く。ついでに祖父母の仏壇のある叔母の家に立ち寄り焼香。
 15時前に先ほどの俯瞰ポイントに戻ると、徒歩鉄の方がお一人。
 ここいらは初めてだそうだが地図で目星をつけて来てみたとのこと。地形図を良く読む人の撮影場所の雰囲気をイメージする能力は本当に侮れない。
 ここの景観はお気に召した様子で、草刈をした甲斐があったというもの。
 ただ、ここのポイントも橋梁狙いの方は、中間に成長中の木が一本あり、あと何年狙えるかは、この木の成長次第。伸びて来てもそうそう剪定に降りていけるような場所ではないので(ザイル+藪漕ぎ+岩盤登下攀は必須)まあそうなってしまえば次の場所を探さねばならないだろう。

 とりあえず景気づけと構図と露出の確認で、下り333Dと上り328Dを撮影。328Dの頃から西空に薄雲が出始め、太陽自体も山の稜線に近づいて行く。西側の山の稜線が比較的低くて遅くまで日照の期待できる箇所は、ここの他には常陸大子を出てすぐの押川橋梁、袋田~上小川間の鷲ノ巣トンネルの南側の橋梁辺りが思い浮かぶが、どちらにしろ運転時間帯が遅すぎるため、何処も日没との格闘になるのは目に見えている。

 直射日光はほぼ陰ってしまったが、なんとか露出が間に合う状態で撮影を完了。
 その後徒歩鉄の方を上小川の駅まで送り、118号を南へ向かう。
 行楽シーズンのためかかなり混んでいた。

 大分時間をかけて那珂湊駅に行き、入場券を買って構内へ。
 勝田発1755の141列車はキハ3710-02の単行。
 勝田発1830の143列車はキハ205(国鉄色)。
 143列車の那珂湊駅到着場面で、手近な杭に貼り付いてロングシャッターを切る。三脚を車に置いて来たのはちょっと失敗。

 その後、ここのところ出張続きで巡回していなかった近郊の書店や電気店などをぐるっとひやかして、帰宅したのは午後12時近かった。

奥久慈レトロ号を朝だけ。日立電鉄の廃線跡チェックと茨城交通の運用チェック。(11/4)2006年11月04日 23:59

奥久慈レトロ号を上菅谷-常陸鴻巣で(11/3)
 昨夜が遅かったので、大分ゆっくりめの起床。
 10時40分頃に家を出て、常陸鴻巣の南側のカーブへ。
 周囲の同業者は4人ほど。
 正面はどうせ陰になってしまうから、編成全体をサイド気味に狙いたいため、同業者さん達の砲列からは100m弱引いた位置に手持ちで場所を占める。真横に来た時には彼らが写界に入ってしまうがそれはそれ、「イベント列車」の雰囲気を醸し出すエキストラになっていただこう(笑)。
 前半のD200+28-70でのショットはほぼ計画通りだったが、後半のS3Pro+18-50のショットは引きが足りず尻切れになってしまい失敗。
 今日は雲が多いので昨日ほどの残照は期待できないし、さっきの下りを追っかけても1本道になってしまう118号の日立大宮市舟生以北の流れが昨日の時点でもかなり悪く、構図を決める時間を含めると間に合う可能が低いので今年の「奥久慈レトロ号」はこれにて終了。

 撮影後、ここの所忙しいか疲れ切っているかでやっていなかった日立電鉄の各駅・施設の定点観測へ。
 常北太田・小沢や里川・茂宮川の橋梁はこれといって変化無し。
 常陸岡田はホームは健在だったが変電所の撤去工事中で、変電所自体は既に跡形も無かった。
 川中子は特に変化無し、大橋の陸橋は土台の撤去工事も終了し、現地に合ったプレハブの現場詰所も撤去済み。
 駅の方は大橋・茂宮・南高野・久慈浜も特に変化は無し、久慈浜の変電所は健在。
 大甕は飛ばし、水木の駅駅に着くと、島式ホームは跡形も無く、駅に隣接していた電鉄プラザも跡形もなくなっていた。
 河原子はアプローチの上り階段が残るのみで、階段の上の駅舎とホームは跡形も無かった。
 大沼駅も同様、駅舎もホームも解体済み。駅舎の有ったところは既に有料駐車場として供用中。
 関東の駅100選だった桜川も跡形も無く、桜川の南側の県道の踏切はレール部分の撤去と再舗装の工事が進行中で交通整理が行われていた。
 終点の鮎川の駅もホーム・駅舎ともに跡形もなくなっていた。
 半分近い駅が更地と化した訳だか、どうも借地だった箇所の多い大甕以北の整理が先行しているようだった。

 その後ひたちなかのジョイフル本田でヤボ用を済ませた後、阿字ヶ浦駅へ、129列車が到着しており車両はキハ3710-01。
 親子連れが気動車をバックに記念撮影中、運転士さんは乗客のおばあさんの重そうな荷物を改札まで運んであげていた。
 発車まで大分間がある時間帯なので、対向の列車を撮ろうと中根付近へ。
 結局いつもの金上-中根の下り築堤を手前カーブ越しに直線正面狙い
のポイントで撮影することにする。機材は陽が陰って来たので数より発色を重視してS3Pro+120-300をチョイス。
 131列車はキハ2004(準急色)の単行。

 更に雲量が増し暗くなって来たので撮影は切り上げて、そのまま出社し残件の整理。休みだというのに10通以上もメールが溜まっていた(溜息)。

久々に鹿島鉄道と、茨城交通の運用チェック(11/5)2006年11月05日 23:59

霞ヶ浦湖畔を行くキハ602(11/5)
 8時過ぎに起床するが、昨日の画像の整理が終わっておらず、ブログも未更新なので先ずはPCと格闘。
 成田ゆめ牧場の年間パスの期限が今月末でしかも未だ元が取れていなかった事をふっと思いつき、9時ごろ知り合いに電話を入れるが、振られた。
 まぁ高速代を注ぎこんでまで元を取る必要も無いかと考え直し、午前中は時々居眠りしながらネットを彷徨う。

 お昼頃、天気も良いのでふっと鹿島鉄道に行きたくなり、初号機(乗用車)に機材を積み込んで出発。
 初夏の頃とは大分陽の位置が変わり、桃浦~八木蒔の間はほぼサイドから光線が当たる感じ。
 普段とは違う霞ヶ浦の堤防沿いの水門の上に車を止めて、長玉で狙うことにする。次の列車には大分時間があった。
 振り返ると、帆引き舟が2艘霞ヶ浦の湖面に出ていた。逆光で遠いがこれも名物なので120-300F2.8に2倍テレコンを付けて何枚か撮影する。
 列車の時間が近づき、レンズを反対側に向けたら写界に同業者が(笑)。
 まぁこっちは物凄く遠くから撮っているので、こういうことがままあるのは仕方が無い、気がつけと言う方が無理だ(苦笑)。
 石岡行24列車はキハ432(赤金太郎)。土手のセイタカアワダチソウの黄色と合わせてみる。今となっては秋の季節感になってしまったこの帰化植物だが、正直未だに好きになれない。花の盛り以外のときの汚らしさと言ったらこの上無い。休耕田に群生しているのを見ると全部刈り倒して纏めて燃やしてやりたくなるくらい嫌いだ。
 24列車を見送ってみて判ったことだが、このポイントからだと桃浦駅の八木蒔方への出発直後の辺りを霞ヶ浦の湖水越しに撮れる。
 とりあえず桃浦で交換のキハ602の23列車から試してみる。しかし、120-300mm(180-450mm相当)ではちょっと遠い。
 それではと若干撮影場所を霞ヶ浦側に数mずらし、天気が良いので120-300mmに2倍テレコンをセットして(360mm-900mm相当)、シャッタースピードを稼ぐために感度を上げたいのでS3Proを選択し、25列車を撮影。しかし、これだと手前側での撮影に手数が稼げず、焦点距離も長すぎる感じ。
 それではと70-200に2倍テレコン(210-600mm相当)を三脚に据えてS3Proにセットし、120-300mmの方はD200に装着して手持ちでサイド狙いとすることにして、またしばらく汽車待ち。
 その間に近くを飛んでいるカモメを暇つぶしに撮影。帰って画像を見てみたら1/1000では若干ブレてしまい上手く写っていなかった。
 ふと見ると近くの田んぼの中の道をを見たことのある乗用車がウロウロしており、霞ヶ浦の堤防の上をこっちに向かってきたなと思って運転席を良く良く見れば知り合いのD氏(苦笑)。とりあえず次の列車までしばし世間話。
 23列車の折り返しの26列車(キハ602)を撮影したところでD氏は移動を開始、桃浦で交換の27列車は別のアングルで撮るらしい。
 こちらは三脚を据えているし構図も決まっているので、とりあえずここで解散ということか。
 陽も西に回って来て、正面に陽が射さなくなったのでこの場所は撤退することにする。
 その後何を思ったか借宿前~榎本の畑の中のカーブに移動するが、これは時刻表の読み間違い。28列車を結果的に撮り逃す。
 日没が近いので慌ててまた八木蒔~桃浦の国道沿いへ。
 国道脇から霞ヶ浦の向こうに沈む夕日をバックに、構図の上半分ほどの露出をハーフNDフィルタで落として、29列車(KR-501)を撮影。更に30列車(KR-503)までがんばるが、ここは数分の差で太陽は雲に消えていってしまった。
 とりあえず鹿島鉄道の撮影はこれで終了。

 帰り道、水戸の行き着けのカメラ屋に寄り、頼んであるNikonの18-200VRの様子を聞く、今月中になんとかなりそうだとの返事。
 カタログを数冊もらい、レンズクリーナーの補充とこの前買った85mmF1.4に使う72φ-77φの変換アダプタを買って離脱。
 その後、50号バイパス沿いの家電量販店・リサイクルショップ等をひやかしてから、東水戸道路で一気にワープして那珂湊駅に行き、バルブかたがた運用調査。勝田発1755の141列車はキハ3710-02、勝田発1830の143列車はキハ205の単行。

 寿司が食いたくなり、帰り道の回転寿司の駐車場に入るが、順番待ちの列が凄かったのでとりあえずその時点では断念し、帰宅。

 帰宅直後にまた父親に捕まる。今度は墓地管理関係の回覧だそうでそれではまぁと、引き受けたは良いが、親のPCのセキュリティソフトの更新が上手くいっておらず、それに時間を食われてなかなか本題の資料作成に入れない。
 だいたい、この前更新の手続きをし、更新ソフトをダウンロードして起動したにも関わらずセキュリティソフト本体が更新されていない。しかもソフトのバージョン等は直ぐに確認できない仕様のくせにいらないポップアップばっかり出しやがる。あまつさえ数日前と同じものを買えとか言いやがる。何が世界最高水準だ。金返せ!である。こんなことなら契約を延長するのではなく、ほぼ同じ値段で今後更新無料とかいう別の会社のソフトに買い替えるんだった。
 とにもかくにも、これ以上は時間の無駄なのでとりあえずこの件は後回しにして、親父から依頼の資料作成。

 その後、寿司が諦めきれず、遅くまでやっている別の回転寿司に行き、15皿ほど食べて帰宅。

 撮影画像の現像(S3ProはRAWのみで撮影のため)と整理をして就寝。

午後から東京出張(11/6)2006年11月06日 23:59

 どうにも朝がいけない。早朝に一度目が覚めてしまい、二度寝をしたら朝がメロメロという先週と同じパタン。そういうわけで朝のスポッティングは無し。
 日没が早くなっているせいで朝しか撮影チャンスが無いのに、その朝がダメなのだから目も当てられない。

 午後から東京駅最寄の現場に出張。651系7両のフレッシュひたち40号(K108)に乗車。
 先行の1424Mは(K806+K526)の見事な(笑)斑編成。
 茨城交通の131列車はキハ2004(準急色)の単行。

 用件は思ったよりも早めに終了し、帰りは上野2000発のスーパーひたち59号(K109+K206)に間に合う。
 水戸で下車。ホームの反対側の655Mは(K805+K551)。
 6番線の1470Mは(K804+K551)。

 茨城交通のバスで上水戸入口まで行き、未だ22時前なのでそのままタクシーに乗車し帰宅。帰宅後3号機(乗用車)で夕食に出かける。
 食事を終えて帰宅後すぐ就寝。

常磐線またも強風で乱れる(11/7)2006年11月07日 21:18

水戸駅改札前の列車遅延を知らせる案内板(11/7)
 今日も今日とて朝がメロメロ。
 いいかげんこの悪循環を断ち切らねばならないのだが、どうしたものか。
 当然朝のスポッティングどころでは無い。

 帰りはいつもの2772Mに乗車するタイミングで退社するが、勝田駅2番線にはこの時間には居るはずの無い651系が在線しており直ぐに出発していく。
 改札の上の発車標を見ると次発は1802発の450Mが表示されている。
 450Mはすぐに入線して来たが、勝田始発のこの列車も遅れているということは、かなりダイヤが乱れ始めているようだ。
 450Mはすぐに発車。このため茨城交通の143列車は確認できず。
 車内放送で勝田-水戸間は徐行するとの放送があり、25km/h以下でのノロノロ運転で進行。強風を受ける勝倉の築堤上や那珂川橋梁上だけでなく、武田踏切手前までの風の当たらない切り通し区間や、国道6号パイパスより水戸側の市街地区間も含めて全区間を徐行運転。普段なら5分強のところを15分ほどかけて水戸へ到達。
 下車すると、岩間-羽鳥間で下り線に倒木のため運転見合わせとのアナウンスがホームに流れている。450Mは水戸でしばらく抑止となるようだ。
 後続の勝田発1808の650Mが大甕-東海、勝田-水戸の徐行運転で遅れながらも水戸へ向かっているようで、水戸駅改札ではいわき方面は1900頃に1839発の651Mとして順当に折り返させる旨の案内がされていた。

 とりあえず辛くも最終バスには間に合い順当に帰宅。

朝夕の運用確認のみ(11/8)2006年11月08日 22:51

 珍しくも通常時間に近い起床。
 しかし、ちょっとモタモタしている間に始発のバスを乗り逃がす。
 まぁ慌てず騒がず2番バスに乗車。
 2番バスは5分以上遅れて来るのが常なのだが、バス停でのバス待ちの間にふっと顔をあげたら、日光の男体山と塩原の山々がくっきりと見えた。
 さすがに未だ冠雪はしていないが、もう男体山の見える季節になってきたかと思う。そういえば今朝はかなり肌寒い。

 水戸ではなんとか0817発の325M(K809+K537)に間に合う。
 茨城交通の113列車は勝田方からキハ3710-02+キハ3710-01。

 帰りはいつもの2772M(K812)。
 茨城交通の143列車は、キハ2005の単行。
 水戸駅で接続の上野行1454Mは(K407)。
 いわき行651Mは(K531+K517)。
 いつもの最終バスに乗り帰宅。

起動不能(11/9)2006年11月09日 21:19

数ヶ月ぶりの超体調不良。
目は覚めるが動けず。
なんとか会社に連絡だけいれて一日ベットに沈む。
当然鉄分も何もなし・・・・・・。
明日は行かねば。

起動不能(11/10)2006年11月10日 23:17

目は覚めるが引き続き最悪。
夜になってやっと起き上がり、食事へ。
帰宅後またベットに沈む。
当然鉄分のあろうはずも無し。